

渦の真ん中にいるのは、案外、無関心な自由人のような人かもしれません。渦の中心は無関心な自由人の無心さの中に「私のエネルギーを受け止める余白」を見ます。無関心な自由人は渦の中心の渦巻きを、遠くから眺めるように見守ります。しかしその余白が渦の中心を静かに引き止め、渦の中心はそこを自分のエネルギーで満たそうとしているうちに、結局は無関心な自由人の空虚さに行き当たります。
5つの軸のうち1つが同じで、4つが違います。同じ軸はすぐに分かり合える場所、違う軸はお互いから学ぶ場所です。
無関心な自由人は渦の中心にとっての中心になろうとしませんが、渦の中心は無関心な自由人を中心にしようとします。
渦の中心が「お前だけが私の中心になってくれないか」と聞くとき、無関心な自由人は「僕は中心ではない」と答えます。
この二人がいちばん楽なのは、渦の中心が自分のエネルギーをすべて出しきるとき、無関心な自由人がそれを判断せずに受けとめるときです。
“この二人が一緒にいるには、「中心」という考えを手放す必要があります。渦の中心も無関心な自由人の中の空白が拒絶ではなく受け入れなのだと感じられて、無関心な自由人もときには渦の中心の渦の中心で自分の存在を感じられるといいのです。中心のない関係も、中心のある関係と同じくらい深くなれるからです。”
自己探索のためのものです。事実判断の根拠としては使用しないでください。
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