
謝るのがとくに苦手な人
「ごめん」のひと言がなぜこんなに重いのか
謝るのが苦手な人にとって「ごめん」は、ひとつの行動ではなく自分全体への判決のように聞こえます。外では簡単な謝罪が身近な人の前で詰まってしまう理由と、行動と自分を切り離して謝る五つの方法をまとめました。
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友達と言い合いをして家に帰ってきました。よく考えてみると、自分がきつく言いすぎたのは確かです。トーク画面を開いて「さっきは」まで打って消します。「でもそっちも」と書きはじめて、また消します。結局、次の日に何事もなかったかのように「お昼何食べた?」を送ります。友達もそのまま流してくれますが、二人のあいだに薄い膜が一枚できたような感じは残ります。
不思議なのは、会社での自分です。一日に何度も「すみません」を自然に言えるのに、肝心の身近な人への「ごめん」のひと言はのどにつかえます。この記事では、謝ることがなぜそんなに重いのか、どんな性質の人にとってより難しいのか、そして謝罪を少し軽く切り出す方法についてお話しします。
謝るのが重いのは、自分まるごとを賭けることになるからです
謝るのが苦手な人にとって「ごめん」は、ひとつの行動を認める言葉には聞こえません。「私は悪い人間です」という判決にサインする言葉のように聞こえます。行動と自分という人間がひとかたまりにくっついているので、一度謝るだけで自分のすべてがかかっている気がするのです。
すると頭は、自然と身を守る理由を探しはじめます。相手にも悪いところがあったこと、そうするしかなかった事情、誤解されても仕方のない相手の言葉。どれもたいてい事実でもあるので、なおさら手放しにくくなります。でも相手が待っているのは、理由のリストではありません。自分の行動が相手にどう届いたのかを、こちらがわかっているというサインです。
行動についての申し訳なさと、自分という人間についての恥ずかしさは、別の感情です。「あの言い方は間違っていた」は直せることですが、「私は間違った人間だ」には直す道が見えません。謝るのが苦手な人は、前者を言おうとして後者にぶつかってしまいます。だから謝りやすくするには、まずこの二つを切り離す必要があります。
外では簡単な謝罪、身近な人には難しい謝罪
会社での「すみません」が簡単なのは、その謝罪が人前での自分に属する言葉だからです。仕事での謝罪は、物事をスムーズに回すための潤滑油に近いものです。役割としての謝罪なので、自分がどんな人間かにまでは触れません。
身近な人への謝罪は違います。その関係では、ひとりのときの自分、いちばん飾らない自分が見えています。その場で過ちを認めるのは、役割ではなく自分自身の一部を差し出すような感覚です。しかも身近な人は自分の過去のことも知っているので、謝ったら「やっぱりあのときもそうだったじゃない」につながるのではと怖くなることもあります。外では簡単な謝罪が、内側では難しい理由です。会社では上手に謝れる人が家では謝れないのは、矛盾ではありません。謝罪がどちらの場面の自分に属しているかが違うだけです。
謝罪を妨げる三つのタイプ
協調性が低い人。 自分の基準がはっきりしていて、論理を大切にします。謝ると自分の判断まで間違っていたと認めるような気がして、踏ん張ってしまいます。このタイプに必要なのは、判断の理由と、相手が受けた影響を切り離すことです。判断が正しくても、言い方が相手を傷つけることはあります。「私の言ったことは正しかったのに、なんで私が謝るの?」と思ったら、謝る対象を判断ではなく伝え方に絞ってみてください。
情動性の振れ幅が広い人。 申し訳ない気持ちがあまりに大きくやってきます。その気持ちを認めた瞬間、恥ずかしさと自責が一気に押し寄せてきそうで、防御が先に飛び出します。冷たいからではなく、むしろ感じすぎるからこそ謝れないケースです。謝ったあとも自分を責める気持ちが何日も続くなら、自己肯定感がどんどん下がるときもあわせて読んでみてください。
組織性が高い人。 自分への基準が高いので、ひとつのミスが「ちゃんとできる人」という自分像にひびを入れます。謝るのはそのひびを人に見せることなので、なおさら難しくなります。謝るときも完璧な文章を探して切り出すのを先延ばしにしがちですが、謝罪はよく練った文章より、早く届いた一行のほうがいいことが多いものです。基準が高い人のこうした気持ちは、完璧主義は強みか足かせかで詳しく取り上げています。
謝罪を妨げる考えと、代わりに言ってみる言葉
最初の場面の「お昼何食べた?」のように、何事もなかったかのように流す方法もあります。その場は楽ですが、この方法は、相手に傷ついた気持ちをひとりで整理するよう任せているのと同じです。相手が流してくれたからといって大丈夫になったわけではなく、言わないことにしただけかもしれません。そういうことが積み重なると、二人のあいだの膜が少しずつ厚くなっていきます。謝罪を妨げる考えが浮かんだとき、その考えが何を覆い隠しているのかを見ると、代わりに口にする言葉が見えてきます。
| 頭に先に浮かぶ考え | その考えが覆い隠しているもの | 代わりに言ってみる言葉 |
|---|---|---|
| 私の言ったことは間違ってない | 相手が受けた傷 | 「言った内容よりも、あの言い方があなたを傷つけたと思う。」 |
| 謝ったら全部私のせいになる | 自分の分だけ認めればいいということ | 「全部私のせいかはわからないけど、ここは私が悪かった。」 |
| もう遅すぎる | 遅れた謝罪でも届くということ | 「何日かたっちゃったけど、ずっと気になってたから言うね。」 |
| まず理由を言わないと誤解が解けない | 謝罪が先に届くべきだということ | 「まずはごめん。理由は、あなたが聞きたくなったら話すね。」 |
謝罪を切り出しやすくする五つの方法
- 謝罪と弁解を切り離します。 「ごめん、でも」の「でも」は、その前の謝罪を消してしまいます。謝罪を先に言い終えて、説明は相手が知りたがったときに別にします。順番を変えるだけで、同じ言葉がまったく違って聞こえます。
- 行動をピンポイントで挙げます。 「気を悪くしたならごめん」は謝罪に聞こえません。「昨日、あなたの話をさえぎって自分の話ばかりしてごめん」のように、行動をひとつ挙げてみてください。具体的な謝罪は本心に聞こえますし、認める範囲もその行動ひとつに絞られるので、言う側の負担も軽くなります。
- 次にすることをひとつ添えます。 「次は最後まで聞いてから話すね。」大きな約束より、守れるひとつのほうがいいです。そのひとつが、謝罪を言葉で終わらせず行動へつなげる橋になります。守れない約束は、謝ることをもうひとつ増やすだけです。
- 言葉が難しければ、文章から始めてもかまいません。 向き合って話そうとすると、気持ちのほうが先にあふれてしまうことがあります。そんなときはメッセージで先に謝って、次に会ったときに「あのとき送ったこと、本心だったよ」とひと言添えれば大丈夫です。文章で伝えるときも、弁解は抜いて行動をひとつ挙げるのは同じです。
- 相手の返事を条件にしません。 謝っても、相手がすぐに許してくれるとは限りません。「すぐに大丈夫って言わなくてもいいからね」と添えてみてください。謝罪は取引ではなく、相手が気持ちを整理する時間を尊重することです。相手が時間がほしいと言ったら、「わかった、待ってるね」で十分です。
こんなふうには読まないでください
- 何がなんでも先に謝りなさいという意味ではありません。むしろ協調性がとても高い人は、自分のせいではないことまで先に謝って、自分を消してしまうこともあります。この記事は、謝罪がのどにつかえてしまう人のための話です。
- 謝るのが苦手だからといって、自己中心的な人だという意味でもありません。謝罪の重さを人より大きく感じている人なのかもしれません。
- いつも自分だけが謝らなければならない関係や、謝罪を求めて相手が自分を追い詰めてくる関係なら、謝り方の技術より、関係そのものを見直すときです。ひとりで判断するのが難しければ、信頼できる人や専門家に相談してみてください。
おわりに
謝ることは、自分という人間のすべてを差し出すことではなく、自分の行動ひとつが相手にどう届いたのかをわかっていると伝えることです。行動と自分を切り離せば、「ごめん」は思ったより軽くなります。今日のどにつかえている謝罪があるなら、理由は抜いて、行動をひとつだけ挙げて先に送ってみてください。思ったよりよく「私もごめんね」が返ってきます。先に切り出したひと言が、二人ともが握りしめていた言葉をほどいてくれるのです。
無料の性格テストは、人前での自分とひとりのときの自分を、5つの性格特性で別々に見せてくれます。協調性と情動性が二つの場面でそれぞれどのあたりにあるかを見れば、外では簡単な謝罪が、なぜ身近な人の前では難しいのかが見えてきます。
この記事は自己理解を助けるためのもので、心理診断やカウンセリングの代わりにはなりません。
