
感情の起伏が激しい私、おかしいのかな
朝は平気なのに夜になると沈んでしまう私、壊れているわけではありません。性質としての起伏と気にかけるべきサインの見分け方、そして自分を責めることが起伏を二倍にしてしまう理由をまとめました。
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帰りの電車で、窓に映った自分の顔を見ていたら、心がすとんと沈みます。朝はたしかに平気でした。お昼は同僚と笑いながらごはんを食べたし、午後の会議も無難に乗り切りました。とくに嫌なことがあったわけでもないのに、家に着くころには何もしゃべりたくなくなっています。そしてすぐに、二つめの考えがついてきます。「私、本当にどうしちゃったんだろう。おかしいんじゃないかな?」
この記事は、その二つめの考えについてのお話です。いまの起伏が性格のひとつの性質なのか、別に気にかけるべきサインなのかを見分ける方法、そして「私っておかしいのかな」という問いがなぜ起伏をさらに大きくするのかを、順を追ってひもといていきます。
起伏の幅は、もともと人によって違います
同じことを経験しても、穏やかでいられる人もいれば、大きく揺れる人もいます。意志の強さや成熟度の差ではなく、生まれ持った反応の強さが違うのです。感情の振れ幅が広い性質は、小さな刺激にも心の色がくっきりと変わります。そのかわり喜びも濃く感じ、感情を素直に表に出し、沈んでもきっかけがあればすぐにまた浮かび上がります。
振れ幅が狭い性質にも、それなりの難しさがあります。感情が大きく動かないので、自分が疲れていることにずいぶんあとになって気づいたり、うれしいことを前にしても反応が淡々としていて誤解されたりします。ですから、いつも落ち着いている友だちの隣に自分を並べて「あの子はああなのに、私はどうして」と比べる必要はありません。どちらが優れているのではなく、性質が違うだけです。
朝は平気なのに夜に沈む理由
このパターンがとりわけよくあるのには、理由があります。昼間、人前の私は思っている以上にたくさんのことをしています。表情を整え、引っかかる言葉は受け流し、場の空気に合わせます。協調性が高い性質なら、なおさらです。そのあいだに湧いてきた感情は消えるのではなく、いったん保留されます。
そして帰り道や玄関のドアを開けた瞬間、外の私が役目を終えて、内の私に戻ります。そのとき、保留しておいた感情がいっぺんに届くのです。何もなかったのに沈むのではなく、昼間にあったことがいまになって届いているのです。外の私と内の私の距離が遠い人ほど、この時間差も大きくなります。二つの場所の私については、表の自分と裏の自分の意味でくわしく取り上げています。
楽しい日のあとに来る下り坂も、同じしくみです。友だちと思いきり遊んで帰ってきた夜や、久しぶりの旅行から戻った日曜日の夕方に、かえってむなしくなって沈んだ経験があると思います。外で目いっぱい引き上げたエネルギーが、ひとりになった瞬間にもとの位置へ降りてくるのです。いいことのあとに沈んだからといって、その日が楽しくなかったわけではありません。
起伏を二倍にするのは、自分を責める気持ちです
感情が一度沈むのは、波ひとつぶんです。でもそのすぐあとに「私どうしたの、おかしいよ」がくっつくと、波がもうひとつ生まれます。最初は疲れや寂しさだったものが、次にはそんな自分への失望になります。一つめの波はひと晩でおさまることもありますが、二つめの波は「私はもともとこういう人間だ」という結論に固まって、翌日まで残ります。
流れをたどってみると、こうです。友だちの返信が短くて、少し寂しくなります。続けて「こんなことで寂しがるなんて心が狭いな」がついてきます。その次には「どうして私はいつもこうなんだろう」がやってきて、眠るころには寂しさのことなど覚えていなくて、自分への失望だけが残っています。最初の感情は小さかったのに、判決がくっついたことで大きくなったのです。
起伏が激しいと感じている人のなかには、実は一つめより二つめの波のほうが大きいという人がたくさんいます。起伏を小さくするいちばんの近道が、感情を抑えることではなく、自分を責める気持ちを外すことである理由です。
自分で確かめてみましょう
いまの起伏が性格の性質に近いかどうかを見きわめるための問いです。診断ではなく、自分を観察するための目安としてだけ使ってください。
- 大きく沈んでも、数日のうちにはたいていもとの場所に戻ってきます。
- いい方向にも大きく動きます。ときめきや喜びも濃く感じます。
- 何が原因で揺れたのか、あとからふり返ればだいたい見当がつきます。
- 起伏があっても、睡眠、食事、出勤や授業といった一日の基本は守れています。
- 最近急に始まったのではなく、以前からこういうほうでした。
五つの文が見ているのは、結局三つのことです。以前からある性質なのか、沈むのと同じくらいまた浮かび上がる力もあるのか、そして一日を回していくのに支障がないのか。性格の性質であれば、たいていこの三つがそろって見えます。
ほとんどにうなずけるなら、いまの起伏は感情の振れ幅が広い性質として読んで大丈夫です。反対にいくつか引っかかるなら、とくに四つめの文がいまの自分からかけ離れているなら、この下のお話もぜひ一緒に読んでください。
起伏とつきあう五つの方法
- 自分を責めるかわりに、実況をします。 「また私こうなってる」のかわりに、「いま下がっているところだな」と心のなかで言ってみます。天気を伝えるように、判断を抜いて状態だけを言うと、二つめの波が生まれるすき間が小さくなります。最初はぎこちなくても、何度かやってみると「下がっているところ」という言葉そのものが、少し距離をつくってくれます。
- 底にいるときは、決断を先送りします。 沈んだ夜には、退職、別れ、大きな買い物といった決断はしないと決めておきましょう。「これは明日の朝にもう一度見る」というルールひとつで十分です。底では、何もかもが実際より暗く見えます。同じ会社、同じ関係が夜の十時と朝の十時で違って見えるのは、事実が変わったからではなく、見る目が変わったからです。
- 夜に着地する時間をつくります。 家に帰ったらすぐスマホを見たり、たまった用事を始めたりせず、着替えてシャワーを浴びる20分を着地の時間として空けておきます。昼間に保留された感情が届く場所を、わざと用意してあげるのです。届いた感情が何なのか、ひとことで名前を呼んであげるとさらにいいです。「ああ、今日の会議でちょっと悔しかったんだな」。
- 身近な人に、前もってひとこと伝えておきます。 「私、夜はちょっと口数が減るほうなんだ。あなたのせいじゃないから気にしないでね」。相手が誤解しなければ、関係から生まれる波がひとつ消えます。このひとことは自分のためでもあります。先に伝えておけば、「また私が空気を悪くしちゃったかな」という心配が入りこむ余地が小さくなります。
- 朝の自分に一行を残します。 沈んだ夜に、メモ帳にいまの気分を一行書いておきます。「全部いや、全部うんざり」。そして翌朝、その一行を読み返してみます。同じ人が十時間で違う目で一日を見ていることを自分で確かめると、次の夜の底も永遠ではないと信じやすくなります。
こんなふうには読まないでください
感情の振れ幅が広いという言葉は、感情的な人というレッテルではありません。かといって、あらゆる起伏を「もともとそういう性質だから」と流していいという意味でもありません。上の問いは自分を判定する試験ではなく、いまの自分をもう少し正確に見るための鏡です。誰かに「あなた、ちょっと起伏が激しいよね」と言われても、その言葉を判決として受け取る必要はありません。
沈んだ気分が何週間も続いていたり、睡眠や食欲が目に見えて変わったり、やるべきことをたびたび取りこぼすほど一日がつらかったりするなら、性格だけで説明するのは難しいです。そんなときは、お医者さんやカウンセラーに一度話してみてください。体調不良が長引けば病院に行くように、心が長く重いときに助けを借りるのも自然なことです。
おかしいのではなく、まだ知らないだけです
感情の起伏が激しい私は、おかしな人ではなく、自分の波の形をまだ知りつくしていない人に近いのです。昼間にがまんしたものが夜に届くこと、自分を責める気持ちが波をもうひとつ生むこと。これを知っているだけでも、同じ夜が少しだけ軽くなります。自分の起伏がいつどこでいちばん大きくなるのか、地図を描いてみたいなら振れ幅の広い心の質感も読んでみてください。無料の性格テストで人前の私とひとりのときの私を分けて見れば、二つの場所で感情の振れ幅がどれだけ違うのかも確かめられます。
